任伯年/任頤作品の買取について

藝品館では任伯年作品の買取査定を行っております。
任伯年の人物画・花鳥画などの中国絵画や書画・掛軸等の売却や鑑定をお考えの際は、是非お気軽に当館へご相談ください。
経験豊富なスタッフや中国美術専門家が責任ある評価・査定を行い、現在の流通価格に沿った適切な買取価格をご提示いたします。

任伯年という人物

任伯年/任頤 (じんばくねん/じんい 1840-1896) は中国・清時代末期、浙江省山陰航塢山の画家です。
初名は潤、字は次遠、号は小楼、伯年。のちに名を頤、字を伯年、号は山陰道上行者、寿道人。
近代中国画家を代表する画家の「四任」、任伯年・任阜長・任渭長・任預のなかで最も傑出した才能と称され、上海画壇の重鎮として活躍しました。
肖像画家の父のもとに生まれた任伯年は、はじめ伯父の任熊と任薫に画を師事しました。
15歳頃になると上海にでて、任熊と任薫の画を自ら写した作品を路上で売っていると、伯父らにみつかってしまいます。しかし伯父らは任伯年を叱るのではなく、その才能を高く評価したといいます。
太平天国の乱への参加を経て、南京没落後は古里へ戻ると、その後は蘇州や上海で呉昌碩らの文人画家たちと親交しながら絵画制作に励みました。

任伯年の画風

任伯年は、西洋絵画の写生法やデザイン、鮮やかな色の配色などから学び、それらと中国古典絵画を融合した独自の水墨画を描きました。
水墨を用いて絵画空間の奥行を示唆する作風は、軽やかで清新な雰囲気を湛えています。人物、山水、花鳥、花卉などの伝統的な画題も、任伯年の手にかかるとまったく新しい感覚を呼び覚ます画に仕上げられました。構図や、墨の濃淡、色彩の用い方が抽象的かつ軽妙でとてもおもしろい作品を多く遺しています。
また古典絵画では、徐渭、石濤、惲寿平、華喦、北宋の画家から影響を受けたといわれています。