川合玉堂作品の買取について

藝品館では川合玉堂作品の買取査定を行っております。
川合玉堂の日本画・絵画掛軸等の売却や鑑定をお考えの際は、是非お気軽に当館へご相談ください。責任ある評価・査定を行い、現在の流通価格に沿った適切な買取価格をご提示いたします。

川合玉堂という人物

川合玉堂 (かわいぎょくどう 1873-1957) は明治から近代に活躍した日本画家です。
玉堂は愛知県葉栗郡に生まれました。8歳のときに岐阜市米屋町に一家で引っ越し、近所の誓願寺で住職をしていた雄山瑞倫に玉漢籍を学びました。
14歳のときには京都の画家・望月玉泉の門下生となり画を学び、14歳から用いていた号「玉舟」を、17歳のとき第三回内国勧業博覧会に出品するにあたって「玉堂」と改めました。
同じ時期、幸野楳嶺主催の塾・大成義会の門人となった玉堂は、23歳のときに上京し橋本雅邦の門人となりました。

若くして内国勧業博覧会で受賞し、27歳で自身の私塾をひらき、34歳で文展審査員を務めた玉堂は、イタリア万国博覧会監査委員・二科審査員・大正博覧会審査員・帝展審査員・日展審査員・東京美術学校(現・東京芸術大学)などを歴任し、帝室技芸員・帝国芸術院会員・文化功労者となった他、イタリア皇帝よりグラン・オフィシェ・クーロンヌ勲章、フランスよりレジオン・ドヌール勲賞、ドイツより赤十字第一等名誉章・文化勲章・正三位・勲一等旭日大綬章を受けました。
28歳から40年間程を玉堂は牛込若宮町で過ごし、戦争で疎開した71歳以降、奥多摩に暮らしました。

川合玉堂の作風

川合玉堂の作品は、詩情豊かな風景画や人物画、花鳥画で知られております。
農村や山村、漁村を描き、風景画であってもどこかに人の営みを感じる画を描いた玉堂の四季感あふれる風景画には、水平垂直方向への雄大な空間的ひろがりがあります。
風景のなかで音の響まで聴こえてきそうな奥行と、澄んだ空気感、野山を間断なく吹き渡る風を感じる空間表現は、玉堂が画架を使用し、画面を垂直にして制作したことも大きく関係しており、仰俯角や水平の構図を巧みに用いて、抑揚のきいた墨の濃淡とぼかしで遠近を見事に表現しました。
若い頃から俳句や短歌を能くした玉堂は、晩年には俳歌集を度々出版しました。絵に画讃を添える際には、雅号「偶庵」を用いておりました。