三輪田米山作品の買取について

藝品館では三輪田米山作品の買取査定を行っております。
三輪田米山の書画・掛軸・扁額等の売却や鑑定をお考えの際は、是非お気軽に当館へご相談ください。責任ある評価・査定を行い、現在の流通価格に沿った適切な買取価格をご提示いたします。

三輪田米山という人物

三輪田米山 (みわたべいざん/みわだべいざん 1821-1903) は伊予国久米郡(愛媛県松山市)の著名書家です。
河内守清敏と米子の長男として松山藩久米山の南麓日尾八幡大神の社宅で生まれました。幼名を秀雄、号は米山、別号に得正軒主人があります。

柔らかな独特の運筆は現代に至っても非常に高く評価されています。実際には酒に酔いながら、それでもって、よい書を書くという彼の姿勢だったようです。何事にも拘束されず無碍の境地にあって、心の向くままに独自の書風を生み出します。
運筆が独特な書風ですが、近年の人気に相まって、真作とは言い難い掛け軸や扁額等も散見しており、購入時にはもちろんのこと査定買取時にもきちんと鑑定されることをおすすめします。

さて米山の生涯ですが、最初に平田篤胤門下の国学者である野々口隆正に入門し、常貞の名をもらいました。伊予の達筆と言われた明月和尚の姪を祖母に持ち、土地の人はわしが国さの書聖と言って激賞されてきました。
28歳のときに父がなくなり家業を引き継ぎましたが、死に至るまで三百冊近くもある三輪田諸用日記を書き続けます。この一面からも非常に筆まめで真面目な性格も伺い知れます。
前述の酒の境地から書を書くという内容の通り、非常に酒好きで酒豪といても知られています。
書学の研究では、主として中国古典の王羲之の書を研究しました。また、かなは高野切第二種を愛し研究しました。

三輪田米山の書は地元愛媛で多く残っており、当館でも関連の掛け軸や骨董品は鑑定買取可能ですのでお気軽にお申し付けください。