康有為作品の買取について

藝品館では康有為作品の買取査定を行っております。
康有為の掛軸や扁額などの書の売却や鑑定をお考えの際は、是非お気軽に当館へご相談ください。
経験豊富なスタッフや中国美術専門家が責任ある評価・査定を行い、現在の流通価格に沿った適切な買取価格をご提示いたします。

康有為という人物

康有為 (康有爲/こうゆうい 1858-1927) は、広東省の著名な学者の家庭に生まれました。
古典儒教の教育を受けるものの窮屈に感じ、仏教と西洋思想を学び始めます。そして、独自の儒教の解釈を構築するようになります。
そのように先進的であった康有為にとって、改革運動は必然的でした。海外からの帝国主義の存在が大きくなる時勢のなか、康有為は、中国政府も政治的、経済的体制の近代化が必要であるという信念のもと、戊戌の変法などの改革運動を行いました。

この変法派の政治改革運動は、保守派の西太后のクーデターにあい失敗に終わり、実弟を含む同志は処刑されるも、康有為はイギリス領事館に保護されます。
その後宮崎滔天などの助けを得、日本に亡命。その際、犬養毅や大隈重信、佐々友房、品川弥二郎、近衛篤麿、伊藤博文といった明治の著名人と交わりをもちました。

その後もインド、ヨーロッパ、アメリカに渡航し、中国に立憲君主制を確立するための活動を行いました。西洋で過ごす時間が多くなるほど、自国の文化に目覚めていったと伝えられています。
亡命中のこの頃に、生計を立てるために多くの書作品が執筆されました。

康有為の学問と書

康有為は、青年時代に故郷の儒学者・朱次琦(しゅじき)に経学と書を師事しました。のちに公羊学(くようがく)や西洋の諸学を学び独自の変法思想を構築しました。康有為の門下には、梁啓超などがいます。

康有為は帖学や碑学に傾倒し、石門銘などの六朝摩崖にも影響を受けました。
康有為の行草書は「康体」と呼ばれ、度量の大きさと、重さ、動きの鈍さを特徴としています。