彭城百川作品の買取について

藝品館では彭城百川作品の買取査定を行っております。
彭城百川の山水画などの南画・絵画・書画・掛軸屏風等の売却や鑑定をお考えの際は、是非お気軽に当館へご相談ください。責任ある評価・査定を行い、現在の流通価格に沿った適切な買取価格をご提示いたします。

彭城百川という人物

彭城百川(さかきひゃくせん 1687-1752年)は、江戸時代中期に活躍した俳人であり、南画家です。
本姓は榊原、名は真淵、通称は土佐屋平八郎、別号に蓬洲、八仙堂と称されています。

尾張名古屋の薬種商八僊堂の家に生まれたか、婿養子として入ったとも言われています。そして、松尾芭蕉の弟子であった各務支考門下の俳人を志して、師事しました。その後、師の下を離れて京都を拠点として各地に遊行して絵画を学び、48歳頃に絵を職業としました。

祇園南海や柳沢淇園と共に日本の南画史上においてその名は高く、重要な人物であったとされています。また、俳人であり画家の与謝蕪村に影響を与え、関東文人画家の先駆的役割を果たした中山高陽などを弟子としています。

彭城百川の画風

百川は中国明・清代の絵画や画譜を学び、日本南画界の先駆者となりました。特に山水画においては、唐寅や盛茂燁をはじめとした明末期の蘇州派の画家に影響を受けています。

東京国立博物館蔵の紙本淡彩山水図は、百川の代表作です。この作品では、文人画が好む知識人が集い遊行しているという理想郷を画題として描いています。淡い墨の筆致と明るく温和な彩色によって柔和な表現がなされています。また、険しい山々と大河も全てを包み込んでいく光の加減も巧みに表現されています。

また、林原美術館蔵の前後赤壁図屏風は、岡山市指定文化財に登録されています。北宋の詩人・蘇軾の『赤壁賦』を題材としています。この作品では、左隻では密度の高い岩々と霧に包まれた風景が対照的に描かれて幻想的な風景が想起されます。一方で、右隻には淡く描かれた遠景の山々が続いていく風景によって、広大な長江の情景が描かれています。岡山県内に残された最古級の南画作品です。