羅振玉作品の買取について

藝品館では羅振玉作品の買取査定を行っております。
羅振玉の掛軸・扁額・書画・関連物等の売却や鑑定をお考えの際は、是非お気軽に当館へご相談ください。
経験豊富なスタッフや中国美術専門家が責任ある評価・査定を行い、現在の流通価格に沿った適切な買取価格をご提示いたします。

羅振玉という人物

羅振玉 (らしんぎょく 1866-1940) は中国浙江省出身の考古学者・教育者です。
字は式如・叔蘊。号は雪堂。

清王朝時代から学者として王朝に仕えた羅振玉は、清王朝が1911年に辛亥革命により倒れると、中国国内で日本語翻訳を行う人材を育成する機関を運営していた関係から、日本に亡命し京都に居住します。
この時に内藤湖南ら東洋史学者らと交流し、宋代からの哲学的思想となる考証学を日本に広めました。その後中国に帰国し満州国の参議などを歴任しましたが、満州国がなくなると同時に辞任し学術研究に没頭する余生を送りました。

辛亥革命を機に羅振玉が日本に亡命する際に持ち込んだ、大量の清王朝の歴史的な書画は現在でも文化財として重要な役割をはたしています。特に漢字の原型とされる中国殷時代の甲骨文字で書かれた書画は、中国4000年の歴史を感じるにふさわしい重要な歴史的資料として当時の暮らしや哲学を今に伝えています。
また、中国の中央に位置する敦煌の莫高窟で発見された大量の仏画や経本の研究を行う敦煌学においても第一人者であり、ポールペリオと共に多くの文献を北京の図書館に貯蔵しました。

歴史文献や美術面においては、様々な歴史的文献や絵画が辛亥革命などによる焼失の危機を察知すると、自らのつてで別の場所に移動させるなど、歴史の変革期において多くの文献が焼失してしまった中、後世に残る形で保管した羅振玉の功績は非常に大きなものとなっています。
辛亥革命で清王朝の貴重な歴史文献が日本に渡り安全な場所で保管され、中国の考古学研究が途切れなかったのは羅振玉が日本へ亡命したからに他ならないと言えます。