煙管の買取について

煙管キセル)の買取は藝品館へおまかせください。

煙管は、日本に喫煙の風習を伝えたと言われる南蛮人の喫煙具を真似て、江戸時代初期に作られたと言われています。
以来、「刻みたばこ」を吸うときになくてはならない喫煙具として、江戸時代・明治時代・大正時代の庶民の日常生活に深く浸透して行きました。また祖先が築いた喫煙文化の象徴として、工芸品として見直されました。
江戸時代から明治・大正・昭和と、時代の流れと共に使用者の地位や職種・性別によって、「雁首(がんくび)」と呼ばれる煙管の頭部や吸い口の形状、長さや大きさなど多種多様に変遷していき、それらは工芸的に見て優れたものも多数ありました。

煙管の買取や鑑定査定はご気軽にご相談ください。

煙管とは

煙管誕生

日本に喫煙の風習と共に煙管が伝えられた年については、江戸時代と一般的に言われ、定説と言うものがありませんでした。歴史家は天正年代または慶長初年頃と伝えられていますが、その裏付となる資料はありません。
喫煙に関する最初の資料は徳川実紀に記載されています。日本でたばこが生産されたのは、1612年(慶長17)、徳島県で「刻みたばこ」が栽培されています。

煙管の大流行

当時のわが国はポルトガルなどの貿易により、西欧文化が輸入されその影響は極めて大きく、生活に必要な各分野に渡っていました。
薬用と言われていたたばこもその一つで、煙管を携帯することが早くも流行となってきました。キセルは男性の装身具となっていました。
平和な都市生活の中で煙管は工芸的に発展してきましたが、江戸に近い農村ではこの現象と反対方向の現象を見せていました。それは護身用と言う江戸初期の「喧嘩煙管」の復活でした。

南蛮キセルから日本の煙管へ

これまで南蛮煙管の輸入が続いていましたが、寛永時代になると南蛮キセルを真似た国内の煙管が数多く製造されるようになりました。
蒔絵で描いた什器など工芸品が出回り、その影響を受けて国内の煙管も美術品的な工芸美が求められるようになりました。このころ作られた煙管の紋様は、庶民文化を反映した素晴らしい工芸品が数多く見られます。日本の文化史では、元禄時代以降を文化東遷時代としています。
これまで生活用品の製造は長い伝統を持つ京都が中心で、上級品はすべて京都で造られていました。煙管の製造は、京都周辺から各地方に広がって行きました。

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