大西清右衛門の茶道具買取について

藝品館では大西清右衛門作品の茶道具の買取査定を行っております。
大西清右衛門の釜や鉄瓶など茶道具の売却や鑑定をお考えの際は、是非お気軽に当館へご相談ください。
経験豊富なスタッフや茶道具の専門家が責任ある評価・査定を行い、現在の流通価格に沿った適切な買取価格をご提示いたします。

他の作家作品の茶道具の買取も行っております。

大西清右衛門とは

大西清右衛門(おおにしせいうえもん)は千家十職の釜師です。
釜師の家系としては、400年以上の伝統がある職家です。釜だけではなく、鉄、唐銅、銀などの金属を使って、花入や蓋置、建水、火箸などの茶道具を制作しています。

大西家鋳物師としての始まり

大西家の始まりは、初代・浄林が、山城国南山城広瀬村(現在の京都府相楽郡南山城村)より京都へ上京し、京都市中京区三条通新町西入ル釜座町に移り、大西姓を名乗ったことから始まりました。
大西浄林が居を構えた京都のその地は、三条釜座かまんざと呼ばれ、平安時代末期から続く鋳物師が集まる地域でした。釜座には、千利休の釜師である辻与次郎もおり、浄林もまた、1620年ごろには釜座の座人となりました。
浄林は、当時京釜で主流であった草庵風の釜ではなく、武家好み・広間向きの独特な作風の釜を制作しました。。

大西清右衛門と千家とのつながり

浄林の弟・二代大西浄清が作った釜は、古田織部や織田有楽、小堀遠州などの武家茶人に愛されました。
そして、浄清が織田有楽のために手掛けた釜のひとつが狩野探幽の元にあったとき、これを見たいと表千家四代・江岺宗左こうしんそうさが清浄に頼み、後にこの釜の写しを制作依頼することになりました。
これが大西家と千家の関係の始まりです。

その後、両家のより密接な関係が築かれたのは六代浄元(1689-1762)の頃のことです。千家に頻繁に出入りしていた六代大西浄元は、それまでの武家好みの釜だけでなく、草庵風・侘茶風の釜も制作するようになりました。

釜の見どころ

釜の見どころは、その形や肌合い、鐶付かんつき、蓋、撮みつまみ、座などがあります。
また、釜で湯を沸かすときの釜の煮え音も、釜という道具独自の鑑賞要素のひとつです。

大西家歴代

初代 大西浄林おおにしじょうりん
仁兵衛 天正18年~寛文3年(1590-1663)
二代 大西浄清おおにしじょうせい
五郎左衛門 文禄3年~天和2年(1594-1682)
三代 大西浄玄おおにしじょうげん
仁兵衛 寛永7年~貞享元年(1630-1684)
四代 大西浄頓おおにしじょうとん
清右衛門 正保2年~元禄13年(1645-1700)
五代 大西浄入おおにしじょうにゅう
新兵衛 正保4年~正徳6年(1647-1716)
六代 大西浄元おおにしじょうげん(古浄元)
清右衛門 元禄2年~宝歴12年(1689-1762)
七代 大西浄玄おおにしじょうげん
清右衛門 享保5年~天明3年(1720-1783)
八代 大西浄本おおにしじょうほん
清右衛門 延享4年~天明5年(1747-1785)
九代 大西浄元おおにしじょうげん(佐兵衛浄元)
清右衛門 寛延2年~文化8年(1749-1811)
十代 大西浄雪おおにしじょうせつ
清右衛門 万延安永6年~嘉永5年(1777-1852)
十一代 大西浄寿おおにしじょうじゅ
清右衛門 文化5年~明治8年(1808-1875)
十二代 大西浄典おおにしじょうてん
清右衛門 天保12年~明治2年(1841-1869)
十三代 大西浄長おおにしじょうちょう
清右衛門 慶応2年~昭和18年(1866-1943)
十四代 大西浄中おおにしじょうちゅう
清右衛門 明治21年~昭和35年(1888-1960)
十五代 大西浄心おおにしじょうしん
清右衛門 大正13年~平成14年(1924-2002)
十六代 大西清右衛門おおにしせいうえもん
昭和36年~(1961-)